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 ■ 治療から予防へ
      
治療から予防へ

疾病予防における科学的根拠とは

人を対象とした研究の意義と難しさ

果物のガン予防効果の科学的評価


 
      
□ 治療から予防へ

 21世紀の医療は、予防の時代と考えられています。これまでの病気になってから治療する医学(治療医学)に対し、病気にならないように日常から予防する医学(予防医学)への転換がはかられています。予防には、一次予防、二次予防、三次予防の三つの段階があります。一次予防とは、健康的な生活を送りながら危険因子を除去し、疾病の発生を抑えることを目標としています。二次予防とは、疾病を早期に発見し早期に治療することで、健康診断や人間ドックがこれに相当します。三次予防とは、合併症や再発の予防です。一般に、予防といった場合には、一次予防を指します。

 1971年ニクソン大統領は「war on cancer」を宣言し、ガンの撲滅を目指して豊富な資金をガン研究に投入しました。そのため、ガン治療法は著しく発展しましたが、発症率、死亡率の低下には直接結びつきませんでした。一方、1982年アメリカ国立科学アカデミーは、ガンに及ぼす要因について、人を対象とした疫学調査の研究結果をまとめて、ガンの発症を予防するため、喫煙をやめることと、食事の内容を改善し、果物と野菜を多く摂取することを推奨する勧告を行いました。

 この勧告を受けて、アメリカでは、果物と野菜を400g以上摂取する「5 A DAY運動」が1991年から始められ、ガンの死亡率、罹患率ともに減らすことに成功しました。開始から10年が経過したところで、この運動に対する査定が行われ、アメリカで最も成功した健康施策であると高く評価されました。そのため、当初400gとした果物と野菜の摂取量を400〜800gに改定し、なるべく800gに近づけるようにとしています。また、ガンだけでなく心臓病など生活習慣病の予防にも効果があると認めて現在も積極的に運動が推進されています。

 我が国でも平成12(2000)年に「食生活指針」が策定され、心身ともに健康で豊かな食生活の実現に向けて、「毎日くだもの200グラム」などの普及・啓発が進められてきました。しかし、果物・野菜の摂取不足などがなかなか改善されないため、「何を」、「どれだけ」食べればよいのかを分かりやすく示した「食事バランスガイド」が作成されました。アメリカの「5 A DAY運動」の成功に見られるように、毎日果物を2つ摂取することを含め、バランスのとれた食生活は健康づくり、生活習慣病予防に効果があります。また、治療費の削減、食料自給率の向上にも寄与すると期待されています。

 しかし、健康を維持・増進し、疾病を予防する運動がなかなか進まないのは、予防は効果が表れるまでに時間がかかる上、予防に成功しても実践した人自身が、なかなかその効果を実感できないためと考えられています。それに対して、治療は、短時間のうちに疾病が改善されるので効果を実感できます。従って、実践者に予防効果を実感してもらうために、果物などを食べると健康の維持・増進に役立つとする科学的な証拠を提示することが大切であるとされています。




 
      
□ 疾病予防における科学的根拠とは

 健康志向が高まっていますが、何をどのように食べたら良いのかわからず、氾濫する情報に惑わされ、必要でもないサプリメントなどにお金をかけるような状況が生まれています。その一方で、我が国の健康づくりは停滞し、生活習慣病も増加しています。健康21の中間評価では、食生活の改善など70項目の目標値に対して20項目で悪化しています。この矛盾の一因として、健康情報をめぐる混乱が関与していると思われます。

 そのため、科学的に信頼できる健康情報を伝えることの重要性が再認識され、科学的根拠(エビデンス)の啓蒙の必要性が高まってきています。科学的根拠とは、科学研究によって有効性が確かめられた証拠のことです。科学研究には、大きく分けると実験系の研究と疫学系の研究の二つがあります。さらに、実験系の研究には、信頼性の高い順に、ヒト介入研究、動物実験、試験管内実験などがあり、疫学系の研究には、コホート研究、症例対照研究、断面研究などがあります。最も科学的信頼性が高いのは、ヒト介入研究の結果とコホート研究の結果とが一致したときですが、健康食品ブームの中で科学的証拠として提示されているデータには、試験管内実験レベルの情報が多く見受けられます。

 人の健康の維持増進を目的とする科学研究分野では、人を対象とした研究は欠くことができません。従って、科学的根拠においては、試験管内実験レベルや動物実験レベルの研究よりも、人を対象として行われた疫学研究やヒト介入研究の結果が重んじられます。

 疫学研究の代表的な例が、ガンに対する食品などの評価を行った「Food, Nutrition and the Prevention of Cancer: a global perspective(1997)」の報告です。世界中の4500以上の論文を調べ、ガンのリスクを下げるか、上げるかについて科学的に検討し、ガン予防のためには果物と野菜を摂取する必要があることを明かにしました。この報告は、アメリカで行われている「5 A DAY運動」を科学的に裏付けています。

 また、ヒト介入研究により、食塩を減らし、果物と野菜を多く摂取すると高血圧を予防できることが明らかとなり、高血圧予防のためのDASH摂取プランが作成され、高血圧予防のための啓蒙運動が進められています。このヒト介入研究の成果は、アメリカだけでなく、我が国でも「日本人の栄養摂取基準2005」の科学的裏付けとして採用されています。

 以上のように、疾病予防には信頼性の高い科学的根拠に基づいた食品の摂取が大切です。健康の維持・増進に果物の摂取が重要であるとする「毎日くだもの200グラム」は、人を対象とした信頼性の高い科学的根拠に基づいています。




 
      
□ 人を対象とした研究の意義と難しさ


 人を対象とした疾病予防のための科学的検証方法には、ヒト介入研究(実験系)と疫学調査(疫学系)とがあります。果樹研究所でも、疾病予防効果について、リンゴ摂取の効果についてヒト介入研究を、ウンシュウミカンについて静岡県三ヶ日町で疫学調査を行っています。

 ヒト介入研究などの実験系の研究は、疾病のメカニズムの解析に有効な研究方法です。例えば、高血圧自然発症ラットに、物質Xを与え血圧低下が観測されれば、物質Xは降圧に有効と判断されます。ただ、ラットで有効でも人にそのまま適用できるとは限りません。人でも有効とするためにはヒト介入研究を行う必要がありますが、人を対象に科学的な検証を行うためには倫理的配慮など、様々な問題が含まれているため、いつでも実施できるとは限りません。ただし、ヒト介入研究で得られたデータは、最も科学的信頼性が高いと評価されます。

 一方、疫学系の研究は、人の集団を対象にして疾病の頻度、要因などを調査し、原因と結果の因果関係を解明するのが目的です。人で因果関係が明らかになるため、食品などの疾病予防効果の検証に有効な方法です。喫煙と肺ガンとの関連などは、この研究方法で明らかにされた成果です。

 ただし、疫学調査は、統計手法を用いるため、とにかく統計的に有意差があれば、科学的証拠(エビデンス)があると解釈し、逆に有意差がないから意味がないと考えている人がいますが、必ずしもそうとは言い切れません。例えば、食塩摂取量と血圧の相関が0.1で対象人数が100人の場合、p値(有意確率)は0.322となり、有効性を示す0.05(5%水準)よりもずっと大きく、統計的に有意ではないと評価されます。しかし、対象人数を1000人とするとp値は0.0015(0.15%)となり1%水準でも統計的に有意となります。

 また、人は様々に考え行動しているため、バイアス(先入観、偏見、主観的・感情的要素など)がかかることも少なくありません。そのため、定期的に専門家が集められ、食品などに対する疾病予防効果についての論文を精査し評価を行っています。

 次回は、「果物のガン予防効果の科学的評価」についてです。2003年3月4-11日に国際的な専門家が、果物摂取とガン予防効果などを判定のために国際ガン研究機関(International Agency for Research on Cancer)に召集されました。




 
      
□ 果物のガン予防効果の科学的評価

 人の健康の維持・増進を目的とする分野では、定期的に専門家が集められ、食品などの健康機能を科学的根拠に基づいた評価を行っています。その代表的な例が、1997年にアメリカガン研究所などがまとめた報告です。その報告では、ガンのリスク下げるか、上げるかについて科学的実証レベルを6段階で評価し、リスクを下げる評価として実証レベルの高い順に、「リスクを下げる証拠がある(decreases risk convincing)」、「恐らくリスクを下げる(decrease risk probable)」、「リスクを下げる可能性がある(decrease risk possible)」として表しました。

 「リスクを下げる証拠がある」とは、ガンのリスクを下げるとする科学的根拠が揺るぎないもの、「恐らくリスクを下げる」とは、一部の論文では肯定的な結論は出ていないが、他の多くの肯定的な論文から推してリスクを下げると科学的に考えて良いもの、「リスクを下げる可能性がある」とは、リスクを下げるとする有力な論文は多いとはいえ、肯定的ではない論文もあり、科学的に因果関係が明らかになったとまではいえないが、疾病予防のためには摂取を推奨できるものです。

 2003年3月に国際的なガンの専門家が、国際ガン研究機関(International Agency for Research on Cancer: IARC)に召集され、果物と野菜の摂取とガン予防についての評価会議が行われました。会議では、バイオマーカーを利用した疫学系の研究やガン発現機構に関する実験系の研究などの論文を精査し、果物と野菜の摂取は様々なタイプのガンに対して予防効果があると評価しました。

 果物のガン予防効果は、食道、胃、肺のガンのリスクを「恐らく下げ」、口腔、咽頭、喉頭、直腸・大腸、腎臓、膀胱のガンのリスクを「下げる可能性がある」としています(表)。同様に野菜の摂取は、食道、直腸・大腸のガンのリスクを「恐らく下げ」、口腔、咽頭、喉頭、胃、肺、卵巣、腎臓のガンのリスクを「下げる可能性がある」としています。果物は、ガン予防に対して野菜と比べて勝るとも劣らないと評価されています。国際ガン研究機関が行った果物と野菜摂取とガン予防に対する評価は、アメリカガン研究所などがまとめた果物と野菜のガン予防に対する結論(1997)を大筋で有効としています。

 今年に入って野菜や果物の摂取量と大腸ガン発症との関係を調べた疫学調査結果が公表されました。40-59歳の男女計88,652人について7-10年追跡調査した結果、野菜の摂取量と大腸ガン発症との間には差はなく、果物摂取による大腸ガンの予防リスクは0.92となり、予防効果が認められたが統計的な有意差はなかったとしています。

 綿密に計画された疫学調査結果は尊重されなければなりませんが、先にも述べた通り、1つの調査結果だけで食品の評価が決まるわけではありません。科学的に総合判断された国際ガン研究機関の「果物摂取は大腸ガンのリスクを下げる可能性がある」とする評価を変更する必要は今のところないと思います。

表.IARCによる果物・野菜のガン予防効果
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  ガンの種類  果物   野菜
-------------------------------------
  口腔      ↓    ↓
  咽頭      ↓    ↓
  喉頭      ↓    ↓
  食道     ↓↓   ↓↓
  肺       ↓↓    ↓
  胃       ↓↓    ↓
  直腸・大腸   ↓    ↓↓
  腎臓      ↓    ↓
  膀胱      ↓     
  卵巣           ↓
-------------------------------------
↓↓:恐らくリスクを下げる
↓ :リスクを下げる可能性がある





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