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   スロー風土抄    by 大塚栄寿



      

第6回

パラサイト・シングル


 日本人女性が産む子どもの平均数を示す2005年の「合計特殊出生率」が1.25と、過去最低を更新した。この数字は、これまで最低だった03年、04年の1.29を0.04ポイントも下回った(6月1日付朝日新聞夕刊)。政府・与党は6月中にも新たな少子化対策をまとめる方針という。同紙によると、出生率は1974年に2.05を記録して以来、長期的に人口を維持できる水準である2.07を常に下回っており、日本の人口は、社会保障・人口問題研究所の中位推計で50年に1億59万人、2100年には6414万人と現在の約半分になると見込まれている。

 出生率低下の主な原因には、結婚した人の産む子どもの数が減っていることが挙げられているが、結婚年齢が遅くなる晩婚化や非婚化も、これに拍車をかけている。成人した子どもが、親元でリッチな独身生活を送る。そして、なかなか結婚したがらない。この傾向がつづくと15%の女性が、男性は22%が生涯未婚となる可能性がある、という別の推計調査もある。
 このような未婚の若者を「パラサイト・シングル」などと呼んで、独身貴族の生活をあおる向きも、一方にある。パラサイト(parasite)は、もともと寄生動物や寄生虫をさすが、居候や寄食者のこともいう。若者が寄生虫の暮らしとは、名誉なことではなかろう。

 パラサイト・シングルは日本にかぎらない。個人主義思想が定着し、子供は一刻もはやく親元をはなれて自立するという親子関係が確立してきたフランスでも、20歳をすぎても親の元で生活する未婚世代がでてきたそうだ。

 たまたま、夏目漱石の書簡集を読んでいたら「パラサイト」なる語に出合った。漱石が明治22(1889)年8月3日、松山市の正岡子規にあてた手紙に使っている。書簡は、漱石が静岡県の興津に10日間旅行したときの風光や風俗を知らせた内容だ。その景色の美しさをほめる一方で「物価の高値ナルニハ実ニ恐レ入リタリ」と述べ、次のようにつづける。「最初は水口屋と申す方に投宿せしに一週間二円にて誠にいやいや雲助同様の御待遇を蒙れり拙如き貧乏書生は『パラサイト』同様の有様御憫笑可被下候」。わたくしのような貧乏学生は居候同様の有り様です。かわいそうなやつ、と笑ってくださいと、いささか自嘲気味だ。明治22年夏は、漱石が第一高等中学校の最終学年である本科2年の進級を間近にひかえていたころである。貧乏書生と自称するのも、あながち謙遜ばかりではあるまい。
 そこに、現在のパラサイトたちとの違いを見た。


(2006.6.20記)



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