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No1. Shall we dance?
出世とは無縁で研究一筋の田中耕一さんが、ノーベル化学賞の決まったあとの記者会見で、授賞式でダンスを踊ることを心配していた。歴代受賞者のダンス写真があることを教えられ、そのことを不安に思っていたようである。同席した小柴さんに、『格好だけすればいいのだよ』と教えられたときのほっとした顔が忘れられない。
三十年くらい前、上野駅の名画座で見た映画の場面を思い出した。仕事一途で、ダンスにもつれていけなかったことを謝る男のことを覚えている。妻の答えは、『そんなことは、結婚したときに忘れたわよ。』だったかもしれない。男は、プロ野球の監督で、演じていたのは志村喬だったと記憶している。
男は、妻も娘も顧みず、野球一筋に打ち込んでいたが、結果は万年最下位。ある試合で、男は審判を殴ってしまい出場停止処分になってしまう。その間、妻を顧みなかったことを反省し、何年ぶりかで妻が見たいと言っていた映画に一緒に行くが、途中で男はいびきをかいて眠ってしまう。偶然にもその場面が映写されているとき、名画座の後ろの方でもいびきが聞こえ、笑い声が起きたのを覚えている。
出場停止が解かれ、遠征地に駆けつけたとき、妻の急死を知らせる電報が届く。そして、初七日もすまないうちに男は試合にのぞみ、劇的な勝利を得た。沸き返る歓声を後にして、控え室でオーナーに辞表を出した。晩秋の墓地で男は妻の墓標の前にひざまづき、初めて声を上げて泣いた。
映画の題は、「男ありて」だったと思う。妻に支えられた男の人生は幸せだったろう。その妻の人生はどうだったろうか。幸福だったと思ってくれているだろうか。
仕事一筋の人生を送ってきた男たちは、きっと、支えてくれた妻たちに感謝しているに違いない。たとえ、大きく胸のあいたドレスに身を包んだ君をエスコートし、"Shall
we dance?"と言えなくても。
(04/05/02)
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