くだもの・科学・健康ジャーナルHP > コラム > Do our BEST 目次 > 
 果樹農業研究の未来を拓くために Do our BEST
      

□ 農学研究にテーマ別フラット制は適さない



1.はじめに
2.必要なのは数字じゃない
3.「あきらめない」と「まいっか」
4.北風と太陽
5.意志形成への参加が不可欠
6.求心力・魅力があるのかしらん
7.衰退の前兆?
8.研究者のモチベーションを奪ってどうする
9.農学研究にフラット制は適さない
10.クレディビリティが失われた1年
11.研究と自由な言論
12.上意下達では研究が衰退する



 
1.はじめに
 農学研究組織にテーマ別フラット制の導入が行われようとしているがその問題点を考えてみたい。ご意見があれば、読者投稿欄「い・つ・か・の声」へご投稿ください。

 
2.必要なのは数字じゃない
 最近は数字がすべてのように語られているが本当だろうか。例えば、スポーツ選手の年俸。例えば、研究者の論文数、受賞数などなど。

 スポーツ選手は金のために試合に出ているのだろうか。研究者は、金のために夜を徹して実験をしているのだろうか。そうではなく、自分の運命を切り開きたいと考えているのではないだろうか。

 資本の都合で介入するとき、その根拠に数字が使われる。しかしこれは、愚かな行為である。例えば、大金をつぎ込んだチームが無様な負け方をしている一方で、チームワークの良い貧乏チームが日本一になったりする。

 スポーツ選手や研究者は、そのチーム、その研究所の未来の姿、ビジョンを見ている。だから、年俸や論文数で介入しても一生懸命にはならない。むしろそれなりになってしまうだろう。人間は感情の生き物であり、スポーツや研究などは人間がやるものだということを、どこかで忘れてしまっているように感じている。
(初出2005/11/13)

 
3.「あきらめない」と「まいっか」
 研究で凄い力を発揮するのは「あきらめない」気持ちだろうと思う。もうちょっと詰めたらもっとよくなると、どこまでもしぶとく最善尽くすことだろう。「まいっか」と途中でやめてしまっては研究はそれなりになってしまうと感じている。
(初出2005/11/16)

 
4.北風と太陽
 研究には競争はつきものである。だから競争させると考えているとしたら研究を知らない人だろう。研究には競争も大事だが、協調も大事なのである。研究競争だけを強調すると自分の業績を守るために他人には情報を教えない秘密主義が横行するようになると科学の歴史は教えている。しかし、秘密主義ではたいした成果にはならず研究は行き詰まることも歴史的に明らかになっている。そのため、研究者は、学会などで最先端の情報を公開してディスカッションし、研究を深めたり、領域を広げたりしている。それに加えて研究を発展させるために大事なのは、研究に直接関わっている人も、関わってない人も「全員で研究している」という一体感である。

 どうも、最近の研究管理者は、北風ばかりを考えているようである。当たり前のように毎日、日が差しているので「人には太陽が必要」なことを忘れているようだ。
(初出2005/11/18)

 
5.意志形成への参加が不可欠
 研究所の組織改変が提案されたが問題点が多い。その一つは、議論を重ねて意志を形成するという長い研究所の歴史を無視し、意志形成過程を秘密裏に行ったことだろう。研究環境をよりよくするための組織再編などでは意志形成への参加が不可欠である。研究者個々人の意志が無視された組織では自分の頭で考えるという作業が放棄される。そうなるとやがて、研究所に対する帰属意識が失われ、研究所は弱体化し、システムは崩壊していくだろう。
(初出2005/11/21)

 
6.求心力・魅力があるのかしらん
 フラットな組織にするという。フラットな組織にした場合、現場を熟知しているマネージメント層を中抜きするため分権化が進む。従って研究管理者に人を引きつける求心力・魅力が必要となる。組織をフラットにした代表的な企業はソニーであるが、あの井出伸之氏でさえ、「私は、ソニーを作った井深大氏や盛田昭夫氏のようにはいかなかった。求心力の確保が難しかった」と述べている(朝日新聞05/10/16)。ソニーの経営不振の原因は分からないが、組織のフラット化も関係しているのではないか。今回フラット化を提案している研究管理者にその力・魅力があるのかしらん。とんでもないことになりゃぁしないか。
(初出2005/11/23)

 
7.衰退の前兆?
 組織や企業が衰退するときには前兆があるそうである。まず最初に、トップが現実よりこうあるはずだという理念を優先するようになり、ミクロな現場の話よりマクロな話を好み、現場の直接情報より整理された間接情報を重視すると危ないとのことである。また、現場より企画部門のほうが上位という雰囲気があり、内部資料作りに割かれる時間が多いと破綻するという。なるほどと納得がいくし、これじゃぁ衰退するだろうと思う。そして何故かフラット制の提案過程を見るとすべて当てはまっているように思えてしまうのだが。
(初出2005/11/23)

 
8.研究者のモチベーションを奪ってどうする
 研究組織をフラット化するという。従って、これまであった○○室長や○○係長という「肩書」がなくなる。今回の制度では、3人に2人の肩書きがなくなる。このことは、単純ではない。「たかが役職」と思っているかも知れないが、それでは済まない。

 これまでマネージメントとして、研究室予算の獲得や人を通して成果を達成する、あるいは、成果を達成できる人を育成する立場から、一転して他人はどうあれ自分自身で成果を出せではすまない。コツコツと研究を続け、年を経るに従ってマネージメントも行いながら職位を一つずつ上がっていくのが日本のシステムである。それを、ある日突然に、今までのシステムは間違いだったはないだろう。

 さらに、こうしたシステムは、日本の風土に根づいているので、その影響は研究組織内にとどまらない。家族も友人も近所の人もその他大勢の人も役職を知っている。ある日突然、○○室長でなくなったら、リストラされたと思われるだろう。社会的地位を失ったと噂されるだろう。子供にどう説明しても分からないだろう。

 研究者にとって最も大切なモチベーションを奪ってどうしようというのだろうか。
(初出2005/11/29)

 
9.農学研究にフラット制は適さない
 人の生活・命と関係のある農学研究は、医学研究や栄養学研究などと同様に、必ず対応しなくてはならない分野は多岐にわたっており、その点が工学研究と異なっている。工学研究は、ある分野だけに集中することは可能であるが、医学・農学研究は、例えその時代に注目が集まっていなくともやらなくてはいけない分野がある。端的な例を上げれば小児科は人気がないから研究をやめるなどできない。一方、自転車は人気がないから研究をやめるとしても問題は少ない。

 また、この違いは研究対象の違いにもいえる。生物を対象とした研究か、そうでないかである。生物を対象としないならある一定期間研究をやめても、必要があれば新たに研究を立ち上げるのが容易である。しかし、生物を対象にした研究はそうはいかない。果樹なら新しい研究をするためには、材料をつくるのに少なくとも3年以上かかる。そして、ただ樹を植えればよいのではなく、高度な栽培技術がなくては話にならない。

 そのため、研究テーマを絞ったフラット制は、人の生活・命とかかわる農学研究には適さない。
(初出2005/12/3)

 
10.クレディビリティが失われた1年
 今年を振り返ってみるとクレディビリティが失われた年であったように思う。テーマ別フラット制の提案のやり方などはその最たるもので信義、信頼の軽視には幻滅している。どのような世界にも破ってはならない仁義があるのではないか。果樹農業の発展のためにと思い研究を続けてきた。そしてその研究組織や環境などは信頼に足るものと考えていたが、実はそうではなくまったくの幻想だったということなのだろう。
(初出2005/12/6)

 
11.研究と自由な言論
 優れた研究は自立した研究者から生まれるが、自立した研究者が存分に研究を行うためには研究環境が保証されている必要がある。研究環境には、研究費や施設だけでなく、自由な言論も重要な要素であるが意外と忘れられている。しかし、研究所の権力者が強権によって研究者の自由な言論を押さえつけると、いずれその強権の故にその研究所は衰退することになる。
 秘密裏に研究組織を作り上げ、「さぁ何かを言え」では自由な言論が保証されているとは言い難い。むしろ、権力者による強権が発動されたと見るのが常識的だろう。
(初出2005/12/7)

 
12.上意下達では研究が衰退する
 研究の進展は、自由闊達な議論をとおした知識の交流が不可欠である。一方、自由闊達な議論が封じ込められると、緩慢ではあるが、確実に衰退の運命をたどることになる。そのため、研究に対する自分の意思をきちっと持つということが、私は科学研究が栄えていくための絶対の必要条件と思う。

 研究機関へのフラット制の導入で画策されているのは上意下達である。上の者の命令や意志を下位の者に通じさせるための組織の弊害は、自由な議論がなくなることにある。その結果導かれるのは、自らの研究の進展を自らの手で決定しなくなることである。

 こうした組織の研究者は、科学の精神や研究の目的意識を冷笑、ないがしろにするようになる。その結果、農業の現場を嫌うようになり、本来の研究者の居場所から離れ、根なし草のようになる。

 具体的にいうと、こうした組織の研究者は、いつも周りを見て、上司の顔をうかがいながら、ちまちまとした研究で点数を稼ぐようになってしまうだろう。
(初出2005/12/13)



ご意見等は読者投稿欄「い・つ・か・の声」までお願いします。
  投稿する(投稿フォーム)





無断転載は、引用を含めて、お断りします。 ご協力に感謝いたします。

Copyright 2004-2006 Keiichi Tanaka. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.





果樹農業研究の未来を拓くために
Do our BEST
目次へ戻る