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 フルーツ・エピソード No.6
      

□ 葉酸発見の歴史



 水溶性ビタミンである葉酸の発見の歴史はインドで始まりました。1928年、ルーシー・ウィルス(Lucy Wills)は、ボンベイに行き女性に一般的に見られた妊娠時の大赤血球性貧血の調査を行いました。当時知られていたビタミンAかCの欠乏症、または感染症ではないかと考え調査しましたが、関連性は認められませんでした。ところが、酵母や酵母エキス「マーマイト」(Marmite:スープやシチューに風味を添えたり、パンに付けたりする酵母エキス)がこの疾病を治療するのに大変有効であることを見つけました(1931年)。イギリスに帰った彼女は、同僚とともに、ボンベイの住民が摂取している食事と同じものをアカゲザルに摂取させたところ大赤血球性貧血と白血球の減少が再現されたので、この未知の成分を「ビタミンM」(M: for monkey)と命名しました(1937年)。

 同じ時代、家禽栄養の研究者は、当時知られていた精製したビタミンのすべてを与えて育てたヒナの成長が遅く、大赤血球性貧血を発症すること、そして、乳酸菌の生育因子「ビタミンBc」(for bacteria)を与えると回復することを1944年に報告しました。

 同じ頃、乳酸菌生育因子がホウレン草から見つけられ、ラテン語の葉を示すfoliumから葉酸(folic acid)と命名されました。この葉酸をサルに与えたところ大赤血球性貧血が回復したことから、ビタミンM、ビタミンBcと同じものであることが分かりました。

 葉酸の所要量は、わが国では食事から摂取可能な量として、成人で1日あたり200μgとされ、米国では400μgとなっています。妊婦および授乳婦での付加量は、それぞれ200μg/日および80μg/日です。

 葉酸は、豆類、野菜、果物に多く含まれますが、穀類、肉類にはあまり含まれていません。葉酸を含む主な食品として、乾燥大豆(230μg/100g)、生のホウレン草(210μg/100g)、乾燥ワカメ(440μg)、生のウシ肝臓(1,000μg)などが上げられます。しかし、葉酸は高温に弱く、調理時間が長いと50%以上が失われてしまいます。例えば、大豆をゆでると39μg/100gに、ホウレン草のゆでは110μg/100g、ワカメを水に戻すと46μg/100gとなってしまいます。一方、イチゴには90μg/100g、サクランボには38μg/00g、オレンジには32μg/100g含まれています。そのため、葉酸の摂取には生で食べる果物は効果的です。イチゴなら200g食べるだけでほぼ1日の所要量を満たすことが出来ます。




□ 葉酸の発見者、ルーシー・ウィルス(Lucy Wills)小伝


 ルーシー・ウィルス(1888-1964)は、若い女性のために設立されたチェルトナム(Cheltenham)大学に入学し、ケンブリッジのニューナム(Newnham)大学で、植物学と地質学を学び、1911年に地質学の優等卒業試験に合格しました。その後、生涯の友人となるケンブリッジで植物学を教えていたマーガレット・ヒューム(Margaret Hume)と南アフリカに植物学の研究に行きました。第一次世界大戦がおきると彼女は、イギリスに戻り、看護婦として志願し、女性のためのロンドンメディカル校(London School of Medicine for Women)に入学し、1920年に卒業しました。1920年代後半に彼女は何度もインドを訪問し、繊維工場で働く女性が妊娠すると貧血になることを知り研究を始めました。彼女は、この貧血が真の悪性貧血ではないことを突きとめ、精製されていない肝エキスで回復すること、精製された肝エキスでは回復しないことを発見しました。その後、安くて効果的な療法として「マーマイト」のような酵母エキスがこのタイプの貧血に効果的であることも見つけました。

 1928年、彼女はパートタイム生化学者としてロイヤルフリー校(Royal Free Hospital School of Medicine)に採用されましたが、インドでの研究も続けていました。1938年に、医学雑誌ランセットに「熱帯の大赤血球性貧血と悪性貧血との関係」についての論文を発表しました。第2次世界大戦が起こった1939年に、彼女はイギリスに戻り急患メディカルサービス(Emergency Medical Service)でフルタイムの病理学者になり、後に、ロイヤル・フリー・ホスピタルに移りました。1947年に引退した後も南アフリカとフィジーの健康・栄養問題に取り組みました。
 彼女は環境と健康面から生涯、車を運転せず、いつも自転車に乗っていました。余暇には、スキーのクロスカントリーや登山を楽しんでいたようです。





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