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  ■ 続・ニホングリの渋皮はどうして剥けないか

      
 前回紹介したニホングリの渋皮が何故剥けないかのメカニズムをもう一度簡単に概説します。

 未熟なニホングリの渋皮剥皮性はチュウゴクグリと同じで簡単に剥皮することが出来ます。しかし、収穫期が近づいてくると渋皮でポリフェノールの生合成が盛んになり、渋皮の細胞内にポリフェノールが蓄積していきます。このポリフェノールが渋皮と果肉を接着する物質カスタヘジョンです。そして、収穫期になると渋皮から水分が急速に失われるのに伴って渋皮細胞が崩壊するため、接着物質カスタヘジョンが細胞の外へ出て渋皮と果肉を接着します。ニホングリは接着物質カスタヘジョンが多いため渋皮剥皮性が困難となり、チュウゴクグリは少ないため剥皮が容易となります。

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 今回は、渋皮と果肉の接着に関する別の面白い現象を紹介します。チュウゴクグリの雌花にチュウゴクグリの花粉を交配すると渋皮は簡単に剥皮できるのは皆さんのご存じの通りです。ところが、ニホングリの花粉を交配すると渋皮剥皮性がやや困難になります。

 一方、ニホングリの雌花にニホングリの花粉を交配すると、もちろん渋皮の剥皮は極めて困難ですが、チュウゴクグリの花粉を交配すると渋皮剥皮性がやや改善されます。

 渋皮剥皮の容易さの順番は、1)チュウゴクグリ×チュウゴクグリ、2)チュウゴクグリ×ニホングリ、3)ニホングリ×チュウゴクグリ、4)ニホングリ×ニホングリです。

 この現象が不思議な理由を述べる前に渋皮の組織について説明します。私たちが食べる部分(果肉:胚)は両親の遺伝子を半分づつ受け継いだ子供ですが、渋皮は母親そのもの、つまり渋皮の遺伝子は母親の遺伝子そのものなのです。普通、母親の細胞内の生合成系は、父親の影響は受けません。

 ところが、花粉(父親)の影響は、渋皮(母親)のポリフェノール(カスタヘジョン)の生合成に影響を与えることが分かりした。渋皮中に含まれているカスタヘジョンの量を少ない順に並べると、1)チュウゴクグリ×チュウゴクグリ、2)チュウゴクグリ×ニホングリ、3)ニホングリ×チュウゴクグリ、4)ニホングリ×ニホングリとなりました。

 カスタヘジョンの少ない順と剥皮の容易な順が同じになりました。この実験もカスタヘジョンが接着物質であることの証拠の一つです。また、花粉(父親)がニホングリだと渋皮のポリフェノール生合成が活発になりカスタヘジョンが多くなりますが、チュウゴクグリだと抑制されることも示しています。



 渋皮(母親)のポリフェノールの生合成に花粉(父親)の影響が現れる現象をメタキセニアといいます。メタキセニア現象は1928年にSwingleによって発見されました(文献1)。彼は、ナツメヤシの果実の果形や熟期、種子の大きさを調査し、花粉の影響がこうした形質に現れることを示しました。

 その後、メタキセニア現象の存在を支持する論文と認めない論文とが発表され論争となりました。この論争に決着がつかなかったのは、果形や重量など気候変動などの影響を受けやすい形質を対象にしていたためでした。今回、クリの渋皮の剥皮性に花粉親の影響が現れることを物質レベルで証明できたことからこの論争に決着がついたのではないかと考えています。



 新品種「ぽろたん」の場合はどうでしょうか。まだ、詳細な分析が行われていないので分かりませんが、渋皮のポリフェノール生合成に関与する遺伝子に変異が起きて、接着物質が少なくなったか、化学構造が変化して接着性が失われたかなどと推論しています。

【文献】
1) Swingle, W. T.: Metaxenia in the date plam. Possibly a hormone action by the embryo or endosperm. J. Hered. 19: 257-268. (1928)


      
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